ハイエッジ 第一回 新妻 聖子ハイエッジ 第一回 新妻 聖子

身体の中に入ってきたキム役

「歌が好きだという気持ち」が唯一、私の未来を引っ張っている気がします
キム役に惚れ込んだからこそ、「役を生きること」を少し体感できたのかもしれません

 役作りの段階になると、キムの人物像をつかむのにそれほど時間はかからなかったです。初めてCDを聞いたときから役柄に惚れこんでいたせいもありますが、台本に目を通したときも、最初から最後までキムの言動に全く違和感を覚えませんでした。彼女の下す決断、発する言葉にすごく共感できたんです。それと、私が実際に住んでいたことのあるバンコクが、物語後半の舞台として登場する。そこも個人的には親近感アップでした。

 『ミス・サイゴン』で、初舞台の頃と何が一番違っていたかといえば、「お芝居が楽しい」と思えたこと。正直、初舞台では、歌える楽しさはあったのですが、お芝居に対してはずっとモヤモヤした気持ちがあったんです。その頃は、人から“女優さん”なんて言われても、「私、芝居なんか全然できていないし……。芝居ってどういうことなのかもよく分からないのに、“女優さん”なんて呼ばないでほしい……」と思っていました。

 でも、『ミス・サイゴン』では、自分と役の境目が分からなくなるくらい、キムが身体の中に入り込んできた感じがして。私は演劇学校にも通っていないし、当時は初舞台からわずか2作品目で経験もほとんどない。でも、“別の人の人生を舞台の上で生きる”というのは、もしかしたらこういう感覚なんじゃないかって、キム役を演じながらちょっとずつ分かってきたような気がしたんです。

 もちろん、技術的に未熟なところはたくさんあったと思います。でも、キム役との初対面で私の中に湧き上がった熱。あれはあの当時ならではのものだったと思います。この先、またキムを演じる機会があったとしても、ある意味で、あの時のキムは超えられないような気がしているんですよ。


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