プレゼン、面接、会議……強いキャリアを創るためのホンネ対談 おちまさとプロデュース「偉人伝心」
〜あなたのシゴトに効く!プロフェッショナル仕事術〜

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自ら見いだした“すごい才能”

ADのころ、仕事が終わっても休みの日も、ひたすら映画を見た。他の人と違うことをするために、誰よりも「映画を知っている」ことにこだわろうと思った。(本広克行)
おち

その歳でゴールデンって大抜擢じゃないですか。何か理由はあるんですか。

本広

他のADや助監督さんと違うことをするためには、誰よりも「映画を知っている」ことにこだわろうと思ったんです。だから仕事が終わってからも休みの日も必ずビデオレンタル屋に寄って。ADでお金はなかったんですけど、学生時代にビデオレンタル屋でバイトをしていたので、バイトのOBということで「ちょっと貸してよ」って、タダ借り。1泊2日で900円とかっていう時代ですから。

おち

当時は高かったですよね。延滞するとまた大変でね……。

本広

それで、ひたすら映画を見て、誰よりも映画を知っているってレベルになると、不思議と映画の仕事も来るんですよね。ある時、フジテレビの映画部に異動になったばかりの小牧次郎さんというプロデューサーが、「新しい日本映画を作るんだ」って言って、「本広、映画やる気ある?」って来たんですよ。「もう、何でもやりますよ僕、映画やらせてもらえるなら。35mm回せるのならなんでもやります」って答えたんです。僕の前に10人くらいの人に断られていたらしくて。

おち

文字通り、お鉢が回ってきた。それが第1回監督作品?

本広

はい、『7月7日、晴れ』(※10)っていう映画です。ものすごいスケジュールの中で戦って、ひとつの形は作ったんですよね。29歳のときだったかな。

おち

それも早いですよね。しかも、ものすごくキレイなキャリアアップですよ。最初に映画を撮りたくて、映画の世界に足を踏み入れたけど1度挫折して、キャリアを積んで映画を撮る。

本広

本当にラッキーで、『7月7日、晴れ』を作ったところで軌道に乗りましたね。で、今度は織田さんからの指名で「ドラマを作りませんか」って。

おち

それが『踊る大捜査線』?

本広

はい。その頃、来た仕事は断らないのが僕のポリシーだったので、もうビビらないで、どこまでも行こうと。やった仕事は力いっぱいやっていましたね。しかも、やる仕事がどんどん“お釣り”をつれてきて、やればやるだけ仕事になる感じ。“踊る”が、映画になるときなんかも大ヒット確実じゃないですか。ただ『7月7日、晴れ』で、どんなにヒットしても僕には1銭も還元されないっていうことに気づいたんです。映画監督なら印税みたいなものが入ってきて……みたいなのが、テレビディレクターにはないんですよ。でも、知らないうちに僕はそこの地位にいる。だったら、1回フリーになって、『踊る大捜査線 THE MOVIE』でギャンブルしてみようと。「本当に命をかけて作りますから、ギャラはいらないので、成功したらインセンティブください!!」みたいな。そうしたら、そのまま契約を結べちゃったんですよ。

おち

一生懸命撮ったところで、買い取られていくだけでは大してかわらないですもんね。インセンティブの方が気合い入りません?

本広

「これをヒットさせるにはどうすればいいんだろう」って、もうめちゃくちゃ気合い入りましたよ。

おち

そうしたら、日本映画の歴史を塗り替える興行成績ナンバーワン。

本広

振り込まれた日に、「何だこれ!?」っていう額が入っていて、カミさんと「これ、たぶん間違えてるよね、こんなに入るわけない」って。これは感覚としてヤバいから、逆に財布の紐を締めましたよ。そうしたら、翌年の税金で「うわっ、全部なくなったぁ」みたいな。「何で会社にしてないの!」ってみんなに言われました。

おち

本広さんの話で面白いのが、「ある日、自分はもう新しいことを産み出すってことはできないって決めた」っていうのがありますよね。「その代わり、色々見てきたもので作っていこうって」。あれはすごいと思いましたね。

本広

才能無いですからね、僕は。描く才能も無ければ、写真を撮る才能もなければ、人前で面白いことを言うセンスもない。ただ、1つだけあるのが、「まとめる」という才能。「だったら“サンプリング”でいいや」って。クリエーターたちの才能をミックスして、それをリミックスさせたように出していく。「自分はこれでやっていけるな」と思ったとき、気が楽になりましたね。

おち

それはいつ思ったんですか?

本広

ドラマの「踊る大捜査線」のときです。君塚良一さんのすばらしい脚本と織田裕二さんの演技と亀山千広さんというプロデューサーの力に触れ、「僕は何もやってないな」と。ところが、僕がいないとモメるんですよ、あちこちで。でも僕が入ると、なぜだかみんな丸〜くなる。「じゃ、みんなで焼き肉いこうよ」みたいな(笑)。そこで「これでいこう」みたいな感じでまとまるんですよね。我ながら「凄い才能だな、これは」と。

“ハブ役”でビジネスを作る”

おち

リミックスといえば、内容もそうじゃないですか。「踊る大捜査線」は『ルパン三世』みたいなドラマをやりたいという想いがベースにあって、というのを前に聞きましたけど……。

本広

それも他人が作ったものじゃないですか。「ルパンだったら、やっぱ『カリオストロの城』かな」なんて話をしつつ、整えていけるんですよ。僕はすぐ「あの映画みたいな絵を作りましょう」って言ってしまうんです。普通の映画監督は恥ずかしくて絶対言わないはずなのに堂々と言うから的確に伝わる。まぁ、プライドがないんでしょうね。

おち

“余計な”プライドがないんですよ。だから丸く収まるんじゃないですかね。それを若くしてわかっていたのがすごいんですよ。たぶん70歳になっても言えない人は言えないし、ヒット作もなくっていう……。

本広

よく相談されるんですよ、「下を動かすのが下手で……」とかって。そういうときは、「1人のいじられっ子か、いじりっ子を作れ」ってアドバイスします。つまり、ムードメーカーを作って、その人を中心に回すんです。こうやって上司とも部下とも自由にコミュニケーションがとれるハブ役を1人作れば、全体が円滑に回ります。

おち

ムードメーカーにしやすいタイプってどんな人ですか?

本広

リアクションが面白い子ですね。その子を本当に攻撃するし、褒めるし、ケナすんですけど、それで全体の調和が保たれています。ただ、バカにもするし、褒めもするから、信頼も得なくちゃいけない。夜に酒を飲んだりとか、そういう親交はしたほうがいいですね。

おち

そういう人って伸びていきますよね。それを楽しめないとダメ。「俺、いつもいじられててよぉ」ってなっちゃうと、ドツボにハマる。芸人さんみたいに「オイシイ、オイシイ」って思わないと。

本広

理屈で物事を片付けたり、言い訳をしたりする子は難しいですよね。みんなから嫌われるだろうし。「いじられ上手」になれば、その子にとってもいいし、周りも和みます。「コイツよりオレは仕事ができる」っていじられるのが苦手な人たちに思わせてあげると、その子たちもパワーを発揮し始める。そう考えると、「自分がハブだなぁ」と思うときはありますね。

おち

そういう人が肝心なところで日本初のインセンティブ監督みたいなことをやっているのが、ビジネスと同居していてすごくいいですよね。普通だったら「いいですよ、いいですよ、お金じゃないです」って言いそうですから。

本広

そこはね、家族を守りたいですからね。職場の仲間も大事だけど家族を不幸にするのはマズいですよ。仕事と家庭の両立は難しいって話をよく聞きますけど、「両方ともできるんじゃないかな」ってずっと思っていて。だからなるべく、カミさんが何か言っていたら信号をなるべく受け止めようと思っています。仕事があっても奥さんに何か言われたらなるべく空けるようにしていたりとか。

おち

ただ、いろいろ考えていくうちに自分がわからなくなってしまう人も多いと思うんですよ。闇雲に転職とかをしても余計にわからなくなってしまうだろうし。

本広

闇雲ではなくて、「こういう風になりたい」っていうものを見つければ、まっすぐに進めますよね。ミスしてもいいから、喰らいついて突き進んでいけば、きっと何とかなりますよ。だから「お金を稼ぎたい」って思うのだったら、お金を稼ぐことを必死でやればいいし、「こういう技術をマスターしたい」って思うのだったら、そこを目指すべきだし。

おち

それは何でもいいですよね。

本広

僕は間違いなくそうでしたね。最初、CMの制作会社にいたんですけど、そのときクルマの免許を持っていなかったんですよ。だから履歴書に「クルマの運転はできませんが、それ以外だったら何でもやります」って書いたんです。そしたら「こいつ何でもやるってよ」ってすごいウケて、アルバイトで採用。まぁ、そこはクビになったんですけどね。

おち

何でも丸く収められるタイプなのにクビ?

本広

時間にルーズなんですよ。これがもうヒドくて。監督になってドラマを撮っていても遅刻して役者さんに土下座したりとか。しょっちゅう土下座してましたよ(笑)。

おち

普通若いときに怒られたら変えちゃうじゃないですか。ルーズだったのを直したりして。でもその人が本来持っている、もしかしたら良かった所もなくなっていく。本広さんの場合はそこを貫くんですね。

本広

今のチームは、ルーズな方がいいみたいです。総合演出家が誰よりも早くスタジオにいたり、打ち合わせの会議室で真っ先に待っていたりしたら、みんな嫌ですよね。最後に「すみませ〜ん」って遅れて来た方が、みんなその前にセットアップの話ができているので。

おち

やっと本広さんのスタイルに周りが追いついたというわけですね。

本広

だから、時間にルーズで現場に間に合わなくてクビになっていく人とかを見ると、「僕もそうだったな」って思って、なるべく声をかけていますね。1回の失敗でクビって言われるようなところは、だいたい良くない現場とか職場だと思いますよ。

おち

若い頃に最後に「どーもー」なんて入ってきたら、「この野郎!」ってなるけど、一生懸命やっていれば、そういう姿勢って見られているものなんですよね。

本広

確かに、寝ないで準備していましたね。「カンペいらないよ」って言われていても、前日にカンペを一生懸命書いていて遅刻したり。僕なんか、凄いミスしてきて殴られたりもしたけど、クビにはならなかった。そういう意味では人の巡り合わせも良かったのかなって思っています。

※10 1996年公開の恋愛映画。本広監督の劇映画デビュー作となった。世界的に活躍するアーティストの少女と平凡なサラリーマンが出会い、愛し合っていく過程を七夕伝説になぞらえてつづる恋愛映画。主演は観月ありさと萩原聖人

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