海外ではたらく!はたらくひとinterview

第4回 外商独資企業で働く日本人

中国には、大きく分類すると4つの会社形態がある。中国ローカル企業(国営・私営)と、中外合資企業、外国企業の中国支社、そして外商独資企業である。今回はその外商独資企業に勤める木谷さんにインタビュー。

中国に来たきっかけは何ですか?

留学のきっかけは、上海人の知り合いに「中国は、中国語もビジネスも、今後伸びる」と言われたことが発端です。自分にとってのチャンスが、中国にあると、思ったわけです。もっと遡れば、祖父が1920年頃に15年ほど仕事で上海に住んでいたので、小さい時から話を聞いていたのが影響しているのかもしれませんね。

中国での留学生活について聞かせてください。

まずは、上海の大学で語学を3年学び、その後東華大学(旧名:上海紡績大学)の服飾設計科受験し、入学しました。(※服飾設計=服飾デザイン)
約40人いるクラスメートは、私以外、皆中国人。授業は毎朝8時からで、もちろん中国語。合計すると語学で3年、専門分野で4年と、かれこれ7年留学生活を送りました。

大学卒業後に貿易会社に入社するのを決めたのは?

服飾デザインに対しては、卒業時に自身の才能に限界を感じていたので、そっちの方向に進むことは考えていませんでした。帰国後は、これだけ長く中国にいたのだから、中国語を使った仕事に従事したいと思っていました。それで、鋳物を主に取り扱う貿易会社で、日中間の貿易事務を行う職に就いたわけです。

今の会社に就職したきっかけを教えてください。

きっかけは友人の紹介です。面接で社長とお会いして話を伺った際、仕事内容がとても魅力的で、非常に惹かれたのが入社を決めた理由です。
それに外商独資企業を設立するということで、立ち上げから携われるというのも、多くのことが学べていいなと思いました。

現在の仕事内容を教えてください。

弊社は主に傘等の防水製品を製造しています。生地は現地調達あるいは日本から仕入れて、中国の提携工場にて加工やプリントしているので、私の仕事は工場との連絡業務が主です。簡単に言えば、現場での立会い、検反、出荷のチェックです。特に弊社では、「量は少なくともいいモノを作りたい」といったこだわりがあります。日本の傘市場のうち約1割が高級品ですが、弊社のシェアはこの1割の高級品といわれる傘の8割を占めています。現在いいモノを中国で作るのは至難の業なので、検品等にはかなり力が入ります。それから、弊社は輸出入権も取得しているうえ、内販(中国大陸内で製造したものを販売すること)も可能なので、将来的には仕事内容ももっと増えるでしょうから楽しみです。

中国で外資100%の企業(外商独資企業)を設立するのは、資金はもちろん、手続きが非常に面倒な上、許可を取得するまでに時間がかかります。特に輸出入権に関しては様々な条件と制限があり、現時点では会社設立の際に申請しても取得できないケースも見受けられます。
日本企業の中国支社と外商独資企業の違いとしては、支社は本社と中国企業間の連絡業務のみで、中国にて営業や販売を行うことは原則的には認められていません。しかし、外商独資企業はこれら全てが可能となるので、ビジネスの幅が更に広がるのです。

働く上で感じる、日中の違いは何ですか?

日本はマメです。マメじゃなくてもいいことでもマメすぎます。とにかく確認が多いですよね。中国の場合は大陸的なので、納期はいい加減で雑。あとは残業はしません。日本だったら仕事終わらなかったら普通残業するところですが、こっちの人ははっきりしていますね。時間が来たらすぐ帰る(笑)。

インタビューを終え

「上海で骨を埋めたい」そう、熱く語っていた木谷さん。
木谷さんのしゃべる中国語は、中国人のようにネイティブで味があります。語学だけではなく、中国、上海という土地を、そして人を深く理解し、なおかつ愛情があるからこそ、素晴らしく円滑なコミュニケーションを現地の人と取り合うことができるのだと、強く感じました。
「中国で働く際、語学力は必要だが学歴は別に関係ない。やる気が一番大事! 働いてみたいと感じたら、色々考えないで、まずは中国に来い!と勧めたいですね」と、アドバイスしてくれた木谷さんの言葉は、海外で働きたいと思う人たちへの力強いメッセージになるのではないでしょうか。

Writer Profile

Rie Fukai

(株)アワーズ取締役・上海支社代表。翻訳、中国での企業設立代行業や(ファッション等)ショー&モデルコーディネート、中国企業調査等を手がける。フリーでは女性誌を中心に取材・撮影コーディネーター兼ライターと、企業とフリーランスの2足の草鞋で生活を満喫中。海外書き人クラブ・メンバー。中国在住、計8年目。

今週のはたらくひと

木谷 大介  Daisuke Kitani

上海田川商業有限公司
マネージャー
1974年、東京都出身。1999年、東華大学(旧名:上海紡績大学)服飾設計科卒業後に帰国し、某貿易会社に就職。日中間の貿易事務に従事し、2003年6月退職。同年9月より世界旅行へ。2004年8月、上海田川商業有限公司に転職。現在に至る。

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