海外ではたらく!はたらくひとinterview

第2回 半導体メーカーではたらく日本人

最近韓国で働きたいという日本人が増えているようだ。以前なら、現地での就職と言えば日本語講師くらいしか口はなかったが、このところ一般企業でも韓国人と肩を並べて働く日本人が見られるようになった。国籍を問わない会社側と国境を越えて働く場を求めるワーカーとの相乗効果だろう。しかし、製造という一見地味な分野で現地社員として働いている人はそう多くない。今回は日本で求人を探し、見事韓国での就職を果たした、半導体テスト機器メーカーで働く内山修作さんにお話をうかがった。

韓国に来たきっかけは何ですか?

まず、大学卒業後に韓国へ来て、2年間ほど暮らしたことがあります。教育学専攻なんで、日本で教師になる前に海外で暮らして経験を積んでみたいと思って。兄がアメリカにいるんです。ただ、英語はだめなんで、大学一年のときに韓国語を勉強したことがあって、それで韓国にしました。はじめ3ヶ月間は語学を勉強して、その後は日本語を教えるアルバイトなどをしていました。

来韓当時、言葉はどのくらいできましたか?

韓国に来たばかりのときはカナダラ(ハングルのこと)が読めるかどうかといった程度でした。勉強方法はいろいろやってみましたが、一番よかったのはテレビをよく見たことかな。あとは例文の多い単語帳を買って覚えました。はじから全部覚えるのは大変だったので、普段使いそうな言葉から覚えました。はじめて韓国語で夢を見たときには自分でもけっこう勉強したんだなあと思いましたね。

日本で就職して、結婚されていたわけですが、どうして再び韓国へ来ることになったのですか?

以前、韓国で暮らしていて韓国が好きになりました。どこがと聞かれると難しいんですけど、日本にいた時より周りの人がご飯はちゃんと食べてるのかとか元気でやってるのかとかいろいろ気をつかってくれて、温かい人たちだなあと。妻が韓国人ですから、彼女も日本より韓国の方が暮らしやすいのではと思っていました。日本で会社勤めをしながらも、いつか機会があれば韓国で働きないなと思っていたところ、新聞で今の会社の求人を見つけて応募したんです。

日本から韓国へ働く場を移す際に、どのような就職活動をしましたか?

韓国で働きたいと思い、こまめに求人情報を見ていました。試験はなく面接を日本で3回受けました。その際に韓国側の社長とも一度面接をし、韓国の印象や韓国で働きたい理由など韓国語で面接を受けました。入社後にすぐ韓国というわけではなくて、一年間教育を受けました。以前働いていたところも韓国と取り引きのある製造業でしたが、商品に関連はないので一から学びました。

現在のお仕事はどのようなものですか?

半導体のテスト器機の製造と組立てをしています。半導体の部品が正しく機能するかチェックするための機械です。韓国国内にも似たような会社はありますが、社内で生産、加工、組立てをしている会社はあまりないので、他のメーカーより短期でお客さんの要望に合わせて設計ができます。直接加工もしていますが、韓国の人に技術を教えたりもしてます。あと日本の本社との業務連絡、生産管理とか、あまり大きい会社ではないので、いろんな事をやってますが、ゼロから始まった会社が少しずつ大きくなったところにやりがいを感じています。お客さんからうちの商品でないとだめだ、これからは他の会社のは使わないという話を営業から聞いた時にはうれしいですね。

内山さんに話を聞くため、ソウル郊外にあるSEIKEN KOREAの事務所を訪れた。そこは城南公団(ソンナムコンダン)と呼ばれる新しい産業開発区で、大小の工場やオフィスビルが建ち並ぶ街だ。はじめて足を踏み入れる不思議な街の様相に少し戸惑いを感じながらも、わくわくしていた。
オフィスに案内されると、内山さんのデスクは大きな機械ばかりが並ぶ部屋の片隅にあった。まるで機械と暮らしているような感じだ。しかし、機械は写真撮影禁止ということで、内山さんのデスクで写真を撮る。奥には韓国の女性スタッフ数人が顕微鏡のようなものを覗き込み、製品チェックをしている。他にも二人いる日本人社員や韓国人社員を気さくに紹介してくださる内山さん。日本語を勉強中の韓国人社員とは日本語も交えて話し、場を和ませる気使いも。何だかスゴイ人だなあと思う。仕事の内容もさることながら、韓国で働くためにこのような職種を選んだその意思に敬服。

勤務上大変なことは? また、働く上で感じる日韓の違いは何ですか?

大変なのは、まだ会社が大きくないので一人でいろいろな仕事をしなければいけないということです。日本なら簡単に手に入るものがなかなか見つからなくて苦労することもあります。それと注文がたくさん来ると、朝まで仕事したり日曜日も仕事したり自分の時間が取れないところです。日韓で違うのは韓国人は仕事上ではかなり無理な仕事をさせるところでしょうか。だめもとでも無理を通して何とか自分の思い通りにしてやろうということがよくあります。けれども、問題が起きると家に帰るのも忘れてみんな一緒に解決しようとがんばるし、早い決断力で仕事が進んでいくところはいいですね。

最後に今後の抱負を聞かせてください。

もっと韓国語を勉強して、韓国の人と仲良くなりたいです。仕事面でも会社全体が盛り上がるようにがんばりたいです。

インタビューを終え

城南公団(ソンナムコンダン)は、韓国政府と地方都市が企業誘致を行っている代表的な産業開発地域だ。内山さんの会社は「現代 I valley」という名のビルにある。韓国では「アパート型工場」と呼ばれ、アパートメントのように分かれた部屋ごとに小さな工場やオフィスが入っている。インタビューを終え、周りを歩いてみた。ちょうどお昼時で、作業服を着た韓国人がわいわいと外へ出てきた。
街全体が一種独特な雰囲気に包まれており、外国人には決して働きやすい場所ではないと思うが、その中の一室で朝から晩まで働く内山さんは実に実直で物腰が柔らかい人という印象を受けた。その人柄あっての充実し安定した韓国生活なのだと思う。日本でも十分やっていける人だろうが、あえて韓国を選び、素直に「韓国が好き」「妻のために」と言えるあたりが魅力的である。こういう地に足つけた生活を営む人が日本と韓国の橋渡しをしていってくれるのだと思う。今後ますます増えるであろう越境ワーカーたちの相談役としても活躍を期待したい。

Writer Profile

Kaya Tabata

1991年より韓国在住。梨花女子大大学院女性学科修士課程卒業。国際交流基金ソウル文化センター、オープンサイバー大学で翻訳を教える。子どもの育児環境を求めソウル郊外へ引っ越し、週の半分は自宅で翻訳やエッセー執筆をしている。

今週のはたらくひと

内山 修作  Shusaku Uchiyama

SEIKEN KOREA CO.,LTD
製造技術チーム
1970年、長野県生まれ。信州大学教育学部を卒業後、韓国へ3ヶ月間の語学留学。その後、2年間日本語教師などのアルバイトをしながら韓国で暮らす。日本に戻り、製造業の会社に就職。韓国滞在中から交際が続いていた韓国の女性との結婚を機に、韓国で働ける就職先を探し始める。2000年12月、半導体テスト機器メーカー株式会社精研の海外事業所であるSEIKEN KOREA CO.,LTDに就職、一年の研修を経て韓国の現地社員となる。

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