海外ではたらく!はたらくひとinterview

第4回 人気ドラマの舞台になったホテルではたらく日本人

韓国で暮らしたいという人が増えている。一度訪れてその魅力にはまると、日本を抜け出して暮らしてみたい気持ちに駆られるようだ。しかし、現実はそう甘くない。いわゆる3Kの職場に出稼ぎに来る外国人労働者とは異なり、日本人が働ける職種は限られているし、就業ビザが下りにくい。今回インタビューした東隆志さんは、そうした逆境の中でも韓国で暮らしたいという固い意志で就職先を探し、様々な仕事を経験したバイタリティーあふれる人だ。

韓国に来たきっかけは何ですか?

大学1年の春休みに韓国を自転車で旅行したのですが、日本で伝え聞いていたものと実際に見た韓国の姿が全然違っていて、そのエキサイティングな社会と人々に関心を持ち始めました。大学院では韓国政治を専攻しながら1年間休学し、延世大韓国語学堂に語学留学しました。このときに築いた人間関係や経験によって、自分がかなり積極的に変わることができたことが韓国に住みたいと思う決定打となりました。卒業後、一度日本で就職しましたが、ずっと韓国に住みたいと思い続けながら機会を探していた結果、2003年に韓国の高校で日本語講師をすることになりました。

韓国産業銀行という韓国と関連のある職場に日本で就職しても、韓国で暮らしたいという気持ちは変わりませんでしたか?
韓国で実際に暮らしてみてどうですか?

実は北海道を出て、東京で一人暮らしをしていたときの方がずっと大変でした。東京では人の表情が厳しくて、今暮らしているソウルとはずいぶん違っていました。職場の半分は韓国人でしたが、銀行だからか結構上下関係も厳しくてうまくつきあうのもなかなか難しかったです。 韓国で暮らしていると、自分が人間関係でも積極的になれるような気がします。いるだけでエネルギーをもらえて、すぐに行動に移すことができるんです。韓国の人たちはまたそれにすぐ応えてくれます。

シェラトン・グランデ・ウォーカーヒルはソウルにあるホテルの中で好きなところの一つだ。都心から少し離れた漢江(ハンガン)沿いの丘の上にあり、ロケーションは最高。ドラマ「ホテリアー」(2001年放映、日本では2005年放映)が撮影された場所でもある。ドラマでは老舗ホテルの買収をもくろむM&A専門家をペ・ヨンジュンが演じ、ホテルから眺めるソウルの夜景や特級ホテルのカジノなどのシーンが多く登場する。韓国ではユン・ソナ扮するキャリアウーマンのホテルマネージャーに惹かれて、女子大生の間でホテルへの就職希望者が増えたとも言われている。
東さんもホテルマンらしくさっそうと現れた。礼儀正しく、実直そうな人という第一印象だったが、話を聞くうちに実にバイタリティに富んだ人だということが伝わってきた。韓国を初めて訪れたのが自転車旅行というのも変わっている。北海道から船に乗り継ぎ、釜山に上陸し、安宿に泊まりながらの旅だったという。旅の途中、雨をしのぐために入った食堂でコーヒーだけを頼んで、冷や飯と缶詰などを食べようとしたとき、食堂の主人がキムチチゲと温かいご飯を出してくれ、コーヒー代も取らなかったというエピソードを話してくれた。それまでの東さんには「韓国人はいつも怒っているようなイメージ」があり、日本人は嫌われていると思っていたそうだ。人情味あふれる韓国ならではの体験が、東さんを韓国へと駆り立てたのだろう。

韓国で様々な仕事を経験しましたね。どのように就職活動したんですか?

まず、韓国人の配偶者でない場合、日本語講師以外はビザを取得するのがなかなか難しいので、仕事を探すのが大変でした。雇用する意思が企業にあっても、ビザがおりないこともあります。次の就職先が見つからないときは、ワーキングホリデービザで滞在をつないできました。 韓国に渡ったのは、日本語講師として就職が決まったからですが、これは「在韓日本語教師のメーリングリスト」から情報を得ました。急募だったので、書類審査だけでした。現在の職場は知り合いの紹介です。マーケティングチームで働く日本語ネイティブを探しているとのことで、面接を受けました。

韓国語はどのように習得しましたか?

1999年に延世大韓国語学堂へ1年間、語学留学しました。それまではハングルが読めて挨拶ができる程度だったのが、日常的なコミュニケーションができるぐらいになりました。 また、仕事を始めてからは、社内で通訳、翻訳をすることも多く、夜、通訳・翻訳の学院で勉強したり、通訳専攻の韓国の学生と勉強会を続けてきました。

現在の仕事内容を教えてください。

ホテルにある14のレストラン・バーのメニューや客室の案内、イベントなど、ホテルにある全ての日本語に関する翻訳、コピーライターとして仕事をしています。また、マーケティングチームに所属しているので、日本のメディアの取材への対応など、広報・広告も重要な仕事です。韓流ブームやドラマ「ホテリアー」の影響もあり、テレビ局や新聞、雑誌など、日本のメディアから多くの取材を受けました。最近は、日本人を対象としたホテル内でのハウスウェディングの企画立案にも加わっています。

働く上で感じる日韓の違いは何ですか?

仕事をする上で、良くも悪くも細かいところまでは指示されないことが多いです。仕事を任されたら、結果で勝負という感じです。その分、個々人がとてもエネルギッシュで積極的だと思います。逆に、日本でのように、まじめにこつこつとやっていれば誰かが見ていてくれる、という姿勢よりも、積極的にアピールすることがより必要とされるのではないでしょうか。 また、時間や金額、条件などに対する感覚が日本と韓国では随分違うので、約束を交わす際にはしっかりと確認することが必要だと思います。

今後の抱負を聞かせてください。

ディベートから文学的表現に至るまで、徹底的に韓国語を鍛えたいです。また、翻訳に高い関心を持っていて、翻訳をする機会はこれまでも、そして今の職場でも多いのですが、いつか韓国映画を日本語に翻訳したいです。

インタビューを終え

素晴らしいロケーションのもと、週休二日制で残業もほとんどない仕事をして安定した収入が得られるのであれば、他に望みはないだろうと思うが、東さんは上昇志向の強い人のようだ。というより、やりたいことを貪欲に追求していく努力家だ。何しろ、今の職場に通いながら、さらに大学院進学を目指して受験勉強をしているそうだ。翻訳を本格的にやるために、大学院への進学を考えているとのこと。私は翻訳をフリーでしていることもあって、お節介ながら東さんに忠告めいたことを話してしまった。「これだけの経歴があれば、大学院に行かなくても大丈夫」と。大学院で翻訳のスキルを学ぶよりも、韓国での様々な仕事や生活の経験のほうがよっぽど役立つと思ったからだ。
いくら韓国で暮らしたい気持ちがあっても、様々な仕事をこなすのは並大抵のことではなかっただろうと思う。東さんは言葉の壁や文化の違いを乗り越え、ストレスを溜め込まない知恵を持っている人だ。インタビューの中でも触れた自転車旅行もそうだが、東さんは大変な多趣味な人でもある。最近はサッカークラブに所属して汗を流しているとのこと。地域のサッカークラブには10代から50代までの韓国人が集まり、週末練習をしているという。メンバーの一人が食堂をやっていて、そこでお昼をわいわい皆で食べたり、グラウンドでマッカリ(韓国の濁酒)を飲みながらボールを蹴ることもあると楽しそうに話してくれた。韓国ライフをとことん謳歌している東さんのこれからに期待したい。

Writer Profile

Kaya Tabata

1991年より韓国在住。梨花女子大大学院女性学科修士課程卒業。国際交流基金ソウル文化センター、オープンサイバー大学で翻訳を教える。子どもの育児環境を求めソウル郊外へ引っ越し、週の半分は自宅で翻訳やエッセー執筆をしている。

今週のはたらくひと

東 隆志  Azuma Takashi

シェラトン・グランデ・ウォーカーヒル
マーケティングチーム1975年、北海道生まれ。2001年北海道大学大学院法学研究科国際関係IIコース修了後、東京へ上京、韓国産業銀行東京支店で2年間勤務。2003年より韓国に渡り、ソウル外国語高校で日本語講師として1年間働く。その後、楽天トラベルの海外業務委託会社(株)HappyDayの立ち上げに7ヶ月間関わる。2005年より特級ホテル、シェラトン・グランデ・ウォーカーヒルのマーケティングチームで働いている。趣味はサッカー、スキー、写真、自転車、料理、映画。

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