転職失敗談2
キャリア・アップの名の下に
社員同士が同じ企業に所属している意識が希薄な大手企業。そこに勤めるHさんも、普段から厳しい社内競争を余儀なくされていた。そんなとき自分の勤務する支社が閉鎖されることになり……。(→後編はこちら
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熾烈な企業内競争
全国に支社・支店を抱えるIT関連の大手企業K社。入社4年目のHさんはその京都支社の開発部門に勤務していました。
 京都支社の開発内容は、会社の看板業務ではありませんでしたが、幸いHさんにとってはやりがいがあり、毎日喜々として仕事にはげんでいました。
 大きな企業というのは独特の悩みもあるもので、Hさんの部署と同様の開発を手がける部署が、他にも東京や大阪、はては外注の企業にもあったのです。そしてそれぞれがお互いがたえず出来や売上を比較しあっている状態。
 どれほどその競争が熾烈かといいますと、
 「これと似たようなものを、昔東京のチームが作っていたような……」
 という時でも、問い合わせて昔のデータを提供してもらう、ということはまずありません。
 それどころか、外部に配布された資料などを、外部ルートで入手し参考にしたという話があるほど。まるで同業他社をスパイするようです。
 同じ企業にあってもまず競争ありき。お互いのチーム・部署は、まったくのライバル関係にあったのです。

 そんな熾烈な競争の中、Hさんの所属する京都開発チームは、はかばかしい成績が収められずにいました。そうした結果が反映されてか、ほどなく京都支社は閉鎖、チームのメンバーはひとまず大阪支社転勤という決定が下ってしまったのです。
キャリアセンター勤務
形式上「転勤」とはいうものの、実際はライバル支社への「お預け」状態となったHさんたち京都支社のメンバー。それを痛感したのは、配属先を聞いたときでした。
 配属先は、以前と同様の開発ではなく、「人事部内キャリアセンター」となっていたからです。

 「キャリアセンター」とは、社員のキャリアアップを図る部門−−というのは表向きで、実は社員が自分で自分のキャリア(仕事)を作る場所。
 センター内には今どこでどんな人手が足りないかを記した「求人票」のようなものが閲覧出来、ここに送られた社員は、その「求人票」の先を当たって、転職活動ならぬ異動活動を行うことになります。その他に仕事らしい仕事はありません。そう、キャリアセンターの実態は社内ハローワークだったのです。
 しかし、ハローワークと違いセンターに所属出来る期間は限られています。期限は3ヶ月間。そのタイムリミットが過ぎても異動先が決まらない場合は、退職という運びになります。この場合、センターの3ヶ月はリストラの執行猶予期間とも言えます。
 無論社内で異動先を探さず、外に転職先を求める人もいますが、その転職活動も、ここでは公認されているのです。

 社内での厳しい開発競争を経験してきたHさんたち一同は、今度は会社にいながらにして、転職活動を経験することになったのです。

(→後編に続く)

pen2 まるごと、キャリアセンター配属になったHさん以下京都チーム。しかしセンターでの期間を通じ、それぞれの道は分かれてゆく。Hさんは、あくまで社内に残ろうとするのだが……。次回、後編へ続く。
・…→ Text & Illustration 山本ちず
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