転職失敗談2
素直な君
同期が次々と辞めてゆく過酷な仕事でも、喜々としてこなすK君。そんな彼にフリーターの友人たちは一目置いていたのだが……。((→後編はこちら
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過酷な飛び込み
教育事業を手がけるY社で新規顧客開拓を主な仕事としている、営業マンのK君。入社は平成不況の底を這い回るような時期でした。当時希望していた企業からことごとく不採用通知を受け取り、最後に受かったY社にすべりこんだという形。普通の人であればふてくされもする状況でしたが、K君は持ち前の素直な性格が幸いして、非常に前向きにY社に入社したのでした。
 Y社の事業は児童向け教育キットの販売。いわば“次の時代を担う子ども”の育成に役立つ仕事です。そうした矜持もK君を前向きにさせていた要素の一つでした。新人研修が終わる頃には、自社の製品は本当にいいものだと、自信を持って言えるまでになっていたのです。
 しかし実際の仕事は、過酷な飛び込み営業。どんな営業も楽な仕事ではないものの、Y社の場合、商品の性質上飛び込む先は個人の家庭。しかも小さな子供向けの商品であることから、つい最近子供を産んだばかりのお母さんがてんてこ舞いしているような家庭にアポなしで出向くことになります。当然、面倒くさそうに冷たくあしらわれることが大半です。
 しかも飛び込み先は、営業マン自ら役所で住民票を閲覧し、新生児のいる家庭、転入してきた家庭などをリストアップして開拓しているのです。そうして見つけた営業先ですから、
「ここに住んでることは、まだどこにも知らせていないのに。どうやって知ったんですか?」
 と言われたり、勝手に個人情報を探られたという不信感いっぱいの対応をされることも多く、こうしたストレスの積み重ねが、世慣れない新人には非常にキツい仕事でした。
羨望の眼差し
入社半年もした頃には、K君の同期は入社時の半分以下に減っていました。ストレスの多い仕事柄、毎年大量に採用して大量に退職するというサイクルが出来上っていたのです。
 しかしK君は周囲の退職にも動じることなく、仕事を覚えることに夢中になっていました。毎日仕事を持ち帰り、明日のために訪問先をリストアップしたり、住宅地図にマーカーでチェックを入れたり。時には、
「お母さん、知っていますか?将来の英語の授業を考えると、英語教育は赤ちゃんの頃からが……」
 といった感じで、マニュアル・トークの台詞を一生懸命覚えたり……。
 学生時代の友人たちの中には就職できずにフリーターになったり、実家に帰ってニート(働かない若者、無業者=NEET)生活に入っている者もおり、そうした友人たちに比べれば、すべきことがある生活はK君にとってはやりがいがあったのでしょう。
「毎日これだけ重い鞄を持って歩いてるから、日には焼けるわ、腕力はつくわ……」
 などと、たまに会った友人などにも自分の仕事ぶりをアピールしてしまいます。
「重いって、何が入ってるんだ?」
 友人たちの問いにK君はさらに喜々として説明します。
「筆記用具、訪問先リスト、住宅地図に、営業トークのマニュアル……それから商品1セット」
 やや誇らしげに鞄の中身を見せると、友人たちはK君の周囲に群がりました。
「この営業トーク、全部覚えてんの?」
「会社でテストがあるから覚えなきゃいけないんだ。でも実際はこの通りに話が進むことはないけど」
「このリスト、どこで貰うの?」
「自分で区役所とかにいって住民票を見て」
「それって……ほんとはヤバいんじゃないの?」
 まじめに仕事をしているK君を、ある種羨望の眼差しで見ていた友人たちですが、仕事内容を聞くにつれ、その視線が徐々に変化しはじめていました。

(→後編に続く)

pen2 友人からの羨望の眼差しは一転、批判と追求に。素直なK君でも思わず怒りを覚えるのだが……。次回、後編へ続く。
・…→ Text & Illustration 山本ちず
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