他人の失敗から学ぶ転職裏マニュアル 転職失敗談集3

FILE:015 ぜいたくな転職

有名企業勤務、手厚い福利厚生に、若い妻と産まれたばかりの子。若くして人生の基盤を固めたNさんですが、突如転職の意思を漏らします。それに驚いた周囲は……。

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華やかなエース

未曾有の不景気においては、転職といえば「仕事がない」「待遇が悪い」「給与カット」など、アピールするまでもなく後ろ向きの理由が多いようでした。

ところが景気の回復も影響しているのでしょうか。そうした“やむにやまれぬ転職”とは逆に、誰もがうらやむ環境を投げ打ち、あえて新天地を目指すチャレンジャーともいえる贅沢な転職も増えてきたように思えます。

Nさんは、ある大手住宅整備メーカーに勤める営業マン。しかも、かなり華やかな経歴の持ち主でした。

大学卒業と同時に地方支店に採用され、その後トップセールス・グループの1人に名を連ねます。抜群の営業成績が評価され、翌年早くも本社勤務に栄転。

入社3年目の年に、学生時代からの交際相手とゴールインします。実は、Nさんは学生時代にバンド活動をしていました。その頃の“勇姿”を忘れられない一部のファンや、密かに思いを寄せていた同僚社員などが、婚約に際し嘆き悲しみ、ギリギリまで悶着があったとかなかったとか……。二次会ではやっかみ半分、突っ込まれるなど色恋沙汰にも事欠かない人でした。

新居は、会社の借り上げ社宅制度を利用。アクセスも便利でオシャレなマンションながら、月の家賃負担は3万円と、他社、特に中小企業に就職した同級生にとっては羨望の的。新婦は仕事を辞め、専業主婦に収まりました。

そして、入社4年目には長男誕生。Nさんは27歳にして若いパパになります。周囲は、

「大手に勤めているからだよ。今の時代この若さで共働きじゃなくて、子供を作れるなんてさ」

と言い、またもや羨望の的になりました。

職場でもリーダークラスに昇進し、公私ともに充実。晩婚化が進むこの時代に、20代で人生の基盤を固めて……と思われていた5年目、Nさんは突然、近しい人に転職の意思を漏らしはじめたのです。

「転職なんて、あんないい会社を、なぜ?」

「仕事が面白くないんじゃないんでしょう?」

「奥さん専業主婦でしょう?それにまだお子さんも小さいのに……」

周囲はみなおしなべて驚くばかり。

実際、会社の景気は好調、Nさんの成績も悪くありません。勤務先は大手の安定企業で毎日熱中できる仕事にもついている。福利厚生など会社から受ける恩恵も多く、だからこそNさん家族は同世代より高い水準で生活を営めるといっても過言ではありません。

誰もがそれを手放すなど信じられないと目を丸くし、中には反対する人もいるほどでした。

謎の転職理由

中でも一番強固に反対したのは奥さんの父親。つまり、Nさんの義父です。これがまた典型的な昔気質の人で、

「お役所かしっかりした企業に勤めるのが一番。特に男の仕事はそうそう簡単に変えるべからず」

というガチガチの団塊世代思考の持ち主。自身も老舗商社で経理マン一筋という堅物で、華やかなイメージのNさんとソリが合わないのです。

そこにもってきて、愛娘と初孫の生活がかかっているとなれば、激怒するのも当たり前。

この話を娘からの電話で漏れ聞くやいなや、すぐさまNさんを呼びつけました。

「転職だなんて、ひとりの時とは違うんだぞ。そのあたりの責任をどう考えてるんだ?」

「決して仕事に飽きたとか、嫌になったとかではないんです。これは前々から考えていたことでして……」

ともすれば激高しがちな義父に、Nさんは辛抱強く、ひとつひとつもつれた糸をほぐすように、その理由を説明していきました。

「仕事は安定しているし、もちろん会社の経営が危ないわけでもありません。でも、景気がいいだけに個人の能力を評価するシステムが発達してないんです」

年齢以上にしっかりしているNさんではあるものの、大企業の歯車に組み込まれ、そのまま安定だけを魅力に感じるにはやはり若すぎました。

朝から深夜まで駆け回って仕事をまとめても、すべて部署の成績として当たり前のように吸い上げられてしまう。成果主義とはいいながらも、やはり老舗は年功序列の部分も大きく、変えがたい“慣習”という名の壁。そのあたりに疑問を感じはじめたのです。

「ですから、もっと自分に跳ね返ってくるような仕事をしたいんです。今のままの営業で終わりたくはないんです」

「うむ……そうはいっても、転職したら収入はどうなるんだ」

「現状維持が前提ですが、福利厚生が無くなる分多少目減りは覚悟しています。しばらくは蓄えを当てにすることになるかもしれません」

「何も子供ができたばかりの今でなくても」

「いえ、逆にこの先物入りが多くなりますから、できるだけ早く転職しておきたいんです。後になればなるほど状況は厳しくなります」

子供の養育費がかさむ前に新しい基盤を確立し、目減りした給与を元に戻しておきたいのだと力説します。

難物相手とはいえ、Nさんもトップセールスマンです。一世一代あらん限りの言葉を尽くすと、やがて相手の気持ちもほぐれ、

「そこまで意志が固まっているなら仕方がない。しばらくは苦しいだろうけど、頑張れとしか言えないな」

不承不承ながらも、Nさんの転職にGOサインを出したのです。

難物の義父の了解を得て、いよいよ転職活動を開始。大本命企業の選考が進む中、事態はあらたな局面を……。
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文・イラスト:
山本ちず

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