他人の失敗から学ぶ転職裏マニュアル 転職失敗談集3

FILE:017 田舎と海外

メーカー勤務のMさんに海外開発拠点への転勤話が持ち上がる。しかし、田舎の両親は大反対で……。

≫後編を読む

農家の息子

あるメーカーに勤務していたMさんに、海外赴任の話が持ち上がったのは30歳の時。

赴任先は中国。新たな製造拠点増加のためです。Mさん本人は、言葉の問題など不安はあったものの、前向きに受け止めていました。

ところが、田舎の両親はこの話に大反対。

Mさんの両親は、過疎化の進む農村部で夫婦水入らず。そもそも、Mさんの実家は祖父母の代まで農業に従事していました。父親の代でサラリーマンになり、一時農業は休業状態でしたが、定年後また地元に戻り、今は趣味農家として土地を守っています。

ですから両親は、いずれはMさんもこの土地に戻ってくるものとどこかで信じ込んでいるのです。

農繁期には田植え・収穫の手伝いにと、Mさんの仕事の都合も顧みず

「休みをとって手伝え」

と呼びつけることもしばしば。

また、最近では農家の嫁不足問題が深刻化。都会での会社勤めを、嫁探しの一環と考えている両親は

「嫁は見つかったか?付き合っている相手はいないのか」

と呪文のように繰り返すのです。

こうしたある種の焦りは年を取るにつれヒートアップ。しかし、Mさんが距離を置くようになってしまい、両親は一層寂しさを感じていたようです。

そんな中降って湧いた海外転勤の話。モロモロの不満や不安が、海外転勤問題で一気に噴き出たのです。

「中国だと……そんないつ帰って来られるかわからん所に」

「うちは親戚も少ないし、万一のときすぐに連絡がつくところにいてほしい」

「結婚もまだなのに。言葉の通じない嫁はごめんだ。帰って来てから探すにも、年を取っていたら大変だぞ」

「そうそう。お前もそろそろ身の振り方を考えた方が……」

2人で畳み掛けてくるパワーに圧倒されるMさん。

話は一気に転勤から退職問題にまで進み、

「こっちに帰ってくるなら、再就職先のアテはある。さっそくあたってやるから」

と勇む父親を必死になだめ、

「中国行きを断るにしても時間はかかる。それに辞めて家に帰るとなるともっとかかる。仕事をあたるのだけは待ってほしい」

こうしてようやく猶予をもらったのでした。

情報収集

その後、Mさんはあらゆる人に話を聞いたり、情報を集めたりし、海外勤務について調べていきました。

ある人が、

「面白いところだよ。エネルギッシュで庶民的。上海なんか東京と変わらないと思うこともあれば、路地一本隔てるとお尻丸出しの子供が走っていたりする。日本じゃ見かけないようなユルい商品もあって笑えるけど、ビックな中国市場は魅力だよ」

と褒めたかと思えば、またある人は

「女の人は美人なんだけど、なかなか気が強い。店員もぶっきらぼうな人が多いね。時々やっぱり社会主義なんだと感じるよ」

と語ります。そして、Mさんが最も気にしたのは仕事上の感触。

「大変だったよ……。日本人のようにいかないと身にしみて感じたね。こちらでは書面の指示で済むことでも、向こうでは勝手にやってしまうから目が離せない」

この人は建設関係の仕事をしていて、工場の建造を中国の工房に発注した経験を持っていました。国内であれば指示書と設計図で、まず間違いのない仕事が期待できますが、

「向こうでは設計図をちゃんと見ないんだよ。わからない所は想像で補って適当に作っちゃうから、まるで違う物が上がってきてね。結局設計図から大きめの模型を起こして、送って、それを見ながら作らせてなんとかなったけど……」

とにかく、手を抜かないよう指導するのに骨が折れたとのこと。

こんな話を聞くにつけ、自分にこの仕事が務まるのか、不安が募りはじめたMさん。会社側も

「中国行きを承諾する者は、準備として語学研修その他の登録がある。早めに申し込むように」

と促し、結局Mさんは踏ん切りがつかず、中国行きを断念します。

そこへ、絶妙なタイミングで父親から

「こっちにイイ仕事があるんだよ」

あれほど待ってくれと言ったにも関わらず、地元で勤務先を物色し、連絡してきたのです。

最初は反発していたMさんだったが、父の勧める職場にも興味が出てきて……。
≫後編を読む

文・イラスト:
山本ちず

ソーシャルブックマークに登録 このページをYahoo!ブックマークに登録 このページをdel.icio.usに追加

▲ページのトップへ