他人の失敗から学ぶ転職裏マニュアル 転職失敗談集3

FILE:033 オソマツな実績

アパレルメーカーの宣伝部に在籍しているHさんはキャリア5年。しかし、「実質は2年」と自信なさげで……。

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自信なき転職者

「実績がないんです……」と自信なさげにつぶやくHさんは、某アパレルメーカーの宣伝部に5年間所属していた人物。

宣伝といえば、女性誌やファッション誌に掲載する広告を手がけたり、毎年の新作カタログの制作に立ち会ったりと華やかさが目を引く仕事。ところが、その花形部門が解散することになってしまったというのです。

そんな中でHさんは、“チャレンジ課”なる再就職準備部門に異動になり、タイムリミットの5ヵ月後までに新しい仕事を探さなければならなくなっていました。

チャレンジ課には会社差し回しのキャリアアドバイザーが定期的に訪問し、退職予定社員の相談に乗ったり、新しい企業を紹介したり、面接のアドバイスをしてくれることになっていました。しかし、そこでHさんは、アドバイザー相手に弱気な発言を繰り返しはじめたのです。

アドバイザーも最初は、元気づける意味もこめて、「宣伝で制作に携わって5年なら、企業選びを間違わなければ必ず仕事は見つかると思いますよ」とやんわり対応していたのですが、Hさんはそんな言葉では慰められません。「私の場合5年といっても、実質は3年か2年か……。最近は人に言えるような仕事をしていませんでしたから」とさらに深刻に、不安げになっていきます。

それではキャリアの“棚卸し”をしましょう、というアドバイスに従い、Hさんは経歴を語りはじめたのでした。

「うちの部署はもうずっと、採算が取れない仕事をしてきたんです……」

会社の見栄

Hさんが言うには、ファッション雑誌などに広告を出し、派手にカタログだ、ポスターだと制作していた時代は、この仕事について最初の1〜2年のこと。

業務規模に比べかなり大々的に広告を打っていたのですが、これがさほどの効果をあげずじまい。あまりにも採算が取れないということで、入社3年目のころ、大幅に事業を縮小することになってしまったのです。

「思えばあの時転職しておけば……規模は小さくなっても宣伝部は続けるというんで、またいい仕事ができるかと会社に残ったんです」

その約束通り、宣伝部の仕事は残されていました。しかし、業界新聞や業界誌に載せる、モノクロの文字ばかりが目立つ広告がメインになりました。

写真を使うにしても、その都度モデルを手配して撮りおろしていた贅沢な環境もなくなり、まとめ撮りしたモデルの写真を、キリヌキで流用するといったことが続きました。

「いつ見ても同じ写真では、使い回しはバレバレ。絵に描いたような田舎広告になりましたよ。こんなの恥ずかしくて実績として他社に持っていけません……」

Hさんにしてみれば、見る人が限られた業界広告ではなく、消費者向けの広告こそを続けていくことが、売り上げの面でも制作面でも効果的だと思っていたのですが、トップの判断は真逆でした。

「業界紙の広告は、一種のお付き合いのようなところが多かったんです。そこまで手を引いたら『あそこは経営がヤバイ』と見られかねません。それに『宣伝部がある』という見栄もあったのでしょう」

しかし、そんな見栄や体裁も保てなくなってゆき、宣伝部は採算が取れないと、社内他部署から突き上げをくらい、結局宣伝部は解散に。

「社長の考えに気付いていながら何もしてこなかったんです。ツケが回ってきたということですね。早めに転職さえしていれば、最新の実績がこんなオソマツなものにならずに済んだのに……」

Hさんは、キャリアを振り返れば振り返るほど、ますます後悔してゆき、前向きに新しい会社を探すどころではありません。

アドバイザーに励まされ、実績を携えて会社巡りを始めるHさんだったが、企業の反応は冷たく……。
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文・イラスト:
山本ちず

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