海外キャリアの歩き方
世界各国で頑張る日本人ビジネスパーソンのキャリアリポートをお届け。文化も慣習も違う海外で働く人々のパワーを感じ、アナタのシゴトに生かそう! 第4回 フィンランド共和国 大久保 慈さん

フィンランド共和国一つひとつの課題をクリアできる度に
建築に関わるやりがいを感じます

 フィンランドのヘルシンキに住む、大久保慈さん(31歳)は建築家だ。日本の大学で建築を学んだ。

「日本での学生時代は建築一辺倒というより、語学など色々なことに熱中していました」

 そして「好きなムンクの絵や、作品の背景に描かれているフィヨルドを見に行きたいと思って」とアルバイトで貯めたお金でノルウェー旅行を計画する。

「建築家の父の勧めもあって、北欧建築デザイン界の巨匠、アルヴァ・アールトの建築物も見てくることにしたんです。実際にフィンランド各地でそれらの建築物を見て回るうちに、すっかり魅せられてしまって……」

 フィンランドのヘルシンキ工科大学への留学を決めた大久保さんは、まず聴講生として1年間の講義を受け、翌年ディプロマ・コースに入り直した。在学中に海外へ行ったり、職務経験を積む学生も多いので、卒業まで平均11年といわれる長丁場である。

「以前から海外留学を考えていて、大学生の頃TOEFLやGMATも受験していました。でも、ここでの講義は、当たり前ですがすべてフィンランド語。英語だけでは課題もこなせないし、いい仕事も任せて貰えないんです。だから専門用語も含めてフィンランド語は勉強しました。6年経った今ではさすがに英語より得意。ほとんど支障はないですね」

 昔から“物を作る”のが好きだった。建築の道へ進んだのも、物を作りたいという気持ちの延長線上にある。

「中学生ぐらいから骨董市場を回って古いものを見るのが好きでした。こちらでは、自作のアクセサリーを幾つかのお店に卸していたこともあるんですよ」
大久保 慈さん
PROFILE

建築家
ヘルシンキ工科大学 建築学部 ディプロマ・コース在籍

大久保 慈さん(31歳)

1998年明治大学理工学部卒。約1年の職務経験を経て1999年よりロータリー財団奨学生としてフィンランドへ渡り、ヘルシンキ工科大学の聴講生となる。翌年、建築学部の難関を突破し、ディプロマ・コース入学。学業と並行し現地のプロジェクトの数々に関わり、建築家としても活躍。同分野で日本メディアへの執筆も多数行っている。

大久保 慈さん

1月、ラップランドでの雪の彫刻コンテストでサウナを制作。見事3位に

 現在、仲間の学生達と共同作業所を借りている。仕事は、設計事務所の建築プロジェクトを率いたり、コンペ出品の助っ人をしたり、また日本のメディアへ記事執筆をしたりとさまざまだ。昨年ある設計事務所から任された仕事では、事前会議や現場視察を何度も行い、クライアントの要望を聞き、設計図書(図面や書類)にまとめ、役所に許可申請をし、現場での進行具合を確認し、必要ならやり直してもらうという、建築工程のほぼすべてに関わった。

「建築は、パッとインスピレーションが浮かんでそれで完成という単純なものではなく、環境、気候、目的、住む人、材料、コスト等の要素を考え合わせ1つの形にまとめ上げていく仕事。実施段階でもさまざまな人が関わります。1つひとつ、問題や課題をクリアする度に嬉しいですし、そこにやりがいを感じます」

 将来については、具体的に何をしたいという計画はないと語る。卒業は来年始めあたりの予定だ。

「しがらみが無いですから、将来面白いと思う仕事があれば国を問わず、どこにでも行こうと思っています。今年は、ある地域の観光開発を任される予定。建築関係の執筆依頼も増えてきました。これからも色々と楽しみです」

取材・文・写真/セルボ貴子

ここが困った海外生活

 フィンランド語がまったくわからないときに建築の基礎コースに入りました。授業は写真などが出てくれば建築の知識があるので、言っていることは想像できるけれど、ほとんど「???」。都市計画関係の授業で社会学的なことを扱う講義のときに、写真が出なくてわからなかったので困りましたね。だからその授業の参考図書リストの一番最初に載っていたものを読破しました。でも、実はそれが『土地利用と建築法』という法律の原文。そんなものをまともに読む人はいないので、いまだに笑い話の種になっています。でもそのおかげか、日本の国土交通省の財団の雑誌にリポートが掲載されたり、学校で「ベスト・スチューデント賞(がんばり賞みたいなもの)」に選ばれたりしました。

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