海外キャリアの歩き方
世界各国で頑張る日本人ビジネスパーソンのキャリアリポートをお届け。文化も慣習も違う海外で働く人々のパワーを感じ、アナタのシゴトに生かそう! 第5回 中華人民共和国 下村 弘子さん

中華人民共和国外資系では、性別は関係ない
頑張れば、女性も管理職に就ける

 メイフェアホテルに勤務する下村弘子さんは、高校の頃から海外志向。大学では、第一外国語として、中国語を専攻した。とはいえ、在学中に中国北京に短期留学をした際は、中国で働こうという気持ちはまったくなかったと言う。

 転機は、2001年に訪れた。当時働いていたコンサルティング会社の出張で、上海に来た時のことだ。

「上海は都会的で……。それに人が優しかった。日本と比べて、女性も普通に職場で高いポジションで働ける環境があって、女性が働くことを、男性も女性も尊重している社会だと感じたんです」

 もともと、海外の人と常に接する仕事がしたいと考えていた彼女。長い将来を考えると、上海に拠点を置くことが、魅力に思えた。翌年2002年3月、持ち前の行動力で、上海に移住。友人の紹介で外資系のラマダ・プラザホテルにて、働くことになる。日系企業や、日本人のお客様にホテルを売り込むのが主な仕事だ。

「紹介された仕事が、偶然ホテルだったんです。それが、たまたま性に合っていた。当時の私は『楽しく働きたい』と望んでいたので、ホテルはいつも違った人と出会えるのは良かったです」

 その後、2003年8月には、セールスマネジャーとして、ヒルトンホテルへ。前職を土台にキャリアアップした形での転職である。職場の環境は、とても良かった。しかし、楽しく働ければという思いが、次第に自分を試したいという考えに変わっていく……。

「ヒルトンは日本人にも広く知られているので、営業し易かった。ですが、知名度の高いホテルだから、お客様もよく接してくれるのではないか?と、思い始めていました」
下村 弘子さん
PROFILE

香港新世界集団 上海巴黎春天大酒店
New World MAYFAIR HOTEL Shanghai
Assistant Director of Sales

下村 弘子さん(29歳)

1976年生まれ。日本大学国際関係学部卒業、東北大学大学院国際文化研究科中退。コンサルティング会社勤務を経て、2002年に渡中。ラマダ・プラザホテルでジャパニーズ・アカウントマネジャーとして勤務後、ヒルトンホテルにてセールスマネジャーを経験。ヘッド・ハンティングを受け、2006年1月より現職。

下村 弘子さん

顧客満足度を高める潤滑油として、
ホテルとお客様の橋渡し役となる

 そんな時期、ヘッド・ハンティング会社からのオファーがやってきた。他のホテル数社から声がかかったのだ。そのうち1社がメイフェアホテルだった。「今と同じポジションでの採用なら、このままヒルトンで働いていたほうがいい」と考えていた下村さんだったが、メイフェアホテルの熱意と、仕事内容に興味を持った。

「ヒルトンよりも、高いポジションでの採用な上、これまでの経験も活かせます。しかも同じ5つ星ホテルとはいえ、日本人からすれば、知名度は低い。開拓し甲斐がある点に、面白みを感じ、『ここならば、自分の実力が試せるかもしれない』と転職を決意しました」

 30歳を目前に、新たにチャレンジしたいという思いが、転職へ背中を押した。仕事は、営業だけではない。コンシェルジュ、PR、ホテル内でのお客様への応対のほか、スタッフ管理、教育指導も行う。

「今の職場は、会議で良いアイデアを出せば、すぐに採用される。仕事は前職に比べ大幅に増えましたが、その分、やりがいや達成感を感じます」と語る下村さんの顔は、充実感に満ち溢れていた。

取材・文・写真/RIE FUKAI

ここが困った海外生活

 中国に来た最初の頃、地下鉄に乗ろうとして、まずビックリしましたね。降りる人をまったくといっていいほど優先しないで、「我こそは、我こそは」と、ズカズカ乗り込んでいく人々。それこそ自分中心の世界です。日本の地下鉄や電車と比べてのギャップに、本当に驚きました。仕事では、日本人が求めるサービスというものを中国人のスタッフに伝えることに、苦労していますね。Assistant Director of Salesという中間に立つ立場として、異文化の人に“理解してもらおう”という意識がとても重要なんです。海外では言葉の問題よりも「文化の違いを把握して、それをいかに受け入れるか」という意識が大切なんだな、と実感しますよ。

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