海外キャリアの歩き方
世界各国で頑張る日本人ビジネスパーソンのキャリアリポートをお届け。文化も慣習も違う海外で働く人々のパワーを感じ、アナタのシゴトに生かそう! 第13回 タイ王国 福島太郎さん

タイ王国アジア好きが高じてタイへ!
世界に通用する国際ビジネスを目指す

 学生時代、福島さんはアジアを中心に長旅によく出た。もっといろんな国の人と知り合いたい、自分の幅を広げたい。そんな欲求が沸いてきた結果、大学卒業後、タイへ飛ぶ。初めての海外生活のスタートだ。そして人材派遣会社を通じて某日系オフィス機器の会社に就職し、日系企業を相手の営業職を始める。

 最初は学ぶことが多くて懸命だったが、1年ほどしてふと気づく。部署の日本人同僚、日系企業のお客様とのやり取りで終始してしまい、狭い社会での見聞しかできていないのではないか? せっかくタイにいるのに……。

 そこで、国際的なビジネス・スタイルを知りたいと、日系企業から出ようと決意。外資系の企業をターゲットに就職活動を始めた。インターネットで探したり、採用情報もわからないまま飛び込みでレジュメを送ったり……。

 そんな折、外資系の某物流会社で営業として採用が決まった。配属されたバンコク支店にはタイ人ばかりでなく世界各国からスタッフが派遣されていた。国際化が急激に進む昨今のタイならではの環境。これまでの日系企業とはまったく異なる雰囲気だった。

「肩書きに関係なくカジュアルな感じですね。お互いを呼ぶ時もファースト・ネームですし。ただ、僕の場合、年上の方だと違和感があって、名前の前に思わず『ミスター』と……。どこか日本的な慣習が抜けきれていなかったんでしょうね」

 ある時、新しく開拓した日系企業との仕事がスタートする直前、当初の見積もりよりコストがかさむことが判明。上司は料金への上乗せを主張してきたが、福島さんは反対した。「日本人相手の場合、信用を勝ち取ることが第一です。ここで少々の損をしても、長い目で見れば得をします」。その主張を上司は信じてくれた。「お前の方が日本式ビジネスは知っている筈だ」と。
福島太郎さん
PROFILE

物流会社『ディー・アーク・リンケージ』 代表 タイ・バンコク
福島太郎さん(28歳)

1978年東京生まれ。立教大学英米文学科卒業後、タイの首都バンコクへ。日系のオフィス機器会社に就職する。その後、外資系の物流会社へ転職、インターナショナルな職場の雰囲気に触れる。2006年初頭に独立、タイ人のパートナーと物流会社『ディー・アーク・リンケージ』をスタート。 趣味は食べ歩き、映画鑑賞。

コンクール

営業の際に持ち歩くカバン、必需品の携帯、物流の業界雑誌

 3年が過ぎ、福島さんは30歳を前に今後の人生の道筋を固め始めたい、と考えていた。そして自らビジネスを立ち上げる。大学時代からの友人もパートナーとして名乗りを上げてくれ、物流会社『ディー・アーク・リンケージ』はスタートした。この業種だったら、前の会社で培ったノウハウを生かせる。ただ、外国での起業は決して甘いものではなかった。

「オフィス探しや登記など形が整うまで3カ月もかかりました。政府関係の書類はみんなタイ語、電話一本を引くにも、ひと苦労でした。工事を約束してもまったく来てくれないし……。始まったばかりの小さな会社です。当然、契約を結ぶのは簡単ではありません」。

 だが、必死に営業し、やっと化粧品メーカーとの仕事がまとまる。最初のコンタクトから2カ月が過ぎていた。輸出部門の担当者が日本式のビジネス・スタイルに良い印象を持っていたのが突破口になった。以来、少しずつではあるが、顧客の数は増えている。

「会社を軌道に乗せるのが目前の責務ですが、国際化が進むタイをホームグラウンドに日本の良さを忘れることなく、チャンスをつかんでいきたいですね」。苦労を苦労と感じさせない逞しい表情で福島さんは語ってくれた。

取材/文 梅本昌男

ここが困った海外生活

 悪名高いバンコクの渋滞。見渡す限りの車の列がまったく動かないという現象は日常的に起こります。普段なら15分で行ける場所なのに渋滞に遭遇すると1時間以上かかったりもするんです。ビジネスの約束をするにしても時間が読めません。タイ人同士であれば、『午前11時』とか確定するではなく『午前』や『午後』など漠然とした形でアポを取っているのが一般的です。でも、日本人とのやり取りだとそうはいきません。そこで、渋滞とは関係ないBTS(高架鉄道)やMRT(地下鉄)を極力利用しますが、これらの路線は短く、とても広いバンコク市内を網羅しきれていません。結局、なるべく時間的余裕を持たせる形で予定を組むしか対抗策はなく、渋滞のストレスはたまるばかり……。

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