海外キャリアの歩き方
世界各国で頑張る日本人ビジネスパーソンのキャリアリポートをお届け。文化も慣習も違う海外で働く人々のパワーを感じ、アナタのシゴトに生かそう! 第15回 アメリカ合衆国 渡辺啓子さん

アメリカ合衆国アートに国境はない
個性を受け入れるニューヨークで自分を試す

 美大を卒業し、広告会社でイラストレーターとして仕事を始めた渡辺啓子さん。彼女の作品はオレンジ、ピンク、黄色、黄緑と明るい色合いが多く、とても個性的だ。しかし、個性が強いと1年で解雇。そこで1989年、制作会社を設立した。その頃、デザインの仕事の打ち合わせでニューヨークを訪れ、クライアントの勧めで個展を開くことを決めたのがニューヨークに来るきっかけとなった。しかしこの世界の大都市で自分の絵が売れる自信はなかったと言う。

「ネットワークも何もないニューヨークで自分の作品を置いてくれるようなギャラリーがあるはずがありませんよね。日本では作家がギャラリーに作品を置いてもらうのに頼み込みます。けれどもニューヨークではギャラリーのオーナーが作家を探し、無料で絵を飾ってくれる代わりに売り上げの一部をオーナーが受け取ります。だから売れそうな作品しか置きません。すでに目当ての作家さんが決まっていたり、アメリカで実績がなかったりしないと相手にしてくれません」

 それでも日本人を相手にしているギャラリーのオーナーにめぐり合い、最初の個展を開くことに成功。それが自信につながったと彼女は語る。

「とにかくまずは個展を開いてみなければ始まらない。実績を作ってステップを、と思いました。アメリカ人は、有名な作家の作品でなくては買わないとか、万人が良いと認めた作品でないと、恥ずかしくて飾れないとは思いません。彼らは自分が気に入りさえすれば、買うんです。アメリカの家は壁が多いですから、飾るスペースもふんだんにあります。絵も値段も手頃で、一般市民にも手が届きます。実は、日本人が描いた作品は丁寧なので、アメリカ人の間でも好評なんです。日本人びいきな人も大勢いますよ」

 個展を開けたことで、渡辺さんにスポンサーがつき、活動の幅が広がった。だが、個展は個人の都合では開けるものではない。日本にいる絵描き仲間からは『どうやったら、個展ができるのか? 自分たちもニューヨークで個展を開きたいのだが……』という相談をたくさん受けるようになった。しかし、ニューヨークは日本のように、頼めばギャラリーが借りられるほど甘くはない。
渡辺啓子さん
PROFILE

アートディレクター 兼 アーティスト
渡辺 啓子さん

東京生まれ。多摩美術大学 絵画科 卒業。1989年イラストを中心とした制作会社ケイズ設立。1998年ニューヨークで初の個展を開く。その後ギャラリー経営を本格的に始め、2004年NYCoo Gallery設立。

コンクール

渡辺さんの描いた絵
タイトルは“Her Sound”

 そんな仲間の要望が叶う画廊を試行錯誤しているうち、「自分でギャラリーを作ってしまおう」と、渡辺さんのギャラリー経営が始まる。はじめはウェブギャラリー、次はアパートのリビングを改装したギャラリー、そして今年、コマーシャルビルディングでの本格的なギャラリーをオープンさせた。

 渡辺さんのギャラリーに飾る作品は厳選されている。作家の気持ちが絵に表れていて、それが見る人に伝わってくるオリジナリティー溢れる作品ばかりだ。私が訪れた日は日本人アーティストの作品らしい、和紙にさまざまな色の墨を用いた作品が展示されていた。

 今はスタッフにも恵まれ、言葉の面でカバーしてくれる人も現れて助かっているが、最初はスペース探しから全部自分で交渉するなどの苦労があったという。

 ギャラリーを始めて5年の月日が過ぎようとしているが、経営についても試行錯誤だったという。

「ギャラリーは作品を売らなくてはならないので、いかに多くのお客さんを集めるかが勝負なんです。そのためにはプレス・リリース、Webサイト、ダイレクトメールなどでどんどんプロモーションをしなくてはなりません。レセプションの企画もします。だから1カ月に作家さん一人で精一杯です」

 日本人がニューヨークで自分の作品を売ることは決して楽ではない。しかしそれでも自分の作品を認めてくれる人がここにはいることを彼女は強調する。日本で漠然とニューヨークを想像しているのでなく、まずは来て、自分を試してみてはどうか。渡辺さんは今日もこの地で自分にかけてみようと思っているエネルギー溢れるアーティストを待っている。

取材/文 ノーラ・コーリ

ここが困った海外生活

  絵描きは40歳までにいかに諦めずに継続できるかが重要。だから、下積み時代がとても長い上、マンハッタンという地価の高騰なところで実践する生活は金銭的にギリギリです。私は学生ビザで最初は来たものの、学生ビザでは仕事ができない。仕事ができるビザ取得までが、とにかく大変でした。インターネットでの仕事、整体や指圧、ギャラリーのバイト、余分な部屋を日本からの短期滞在者へ貸出しなど、コツコツと小銭稼ぎをしていましたね。ギャラリーは大家さんのリビングルームを提供してもらったり……。しかし、これも人とのネットワークを使って頑張れば、何とかなります。困った時には助け合える、よい人間関係を築いていくことは本当に大切ですね。

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