海外キャリアの歩き方
世界各国で頑張る日本人ビジネスパーソンのキャリアリポートをお届け。文化も慣習も違う海外で働く人々のパワーを感じ、アナタのシゴトに生かそう! 第16回 イラン・イスラム共和国 大村 一朗さん

イラン・イスラム共和国ジャーナリストとして、偏りのない生の情報を届けたい!
ペルシャ語、イラン・イスラム史を学び、今日もイランの観察を続ける

 イラン国営放送局の日本語短波ラジオ放送のアナウンサー、大村一朗さんはイランの公式見解に、真っ先に触れることのできる環境に面白みを感じている。日本へ向けて、イランの最新ニュースを届けている。

 大学を卒業後、中国・西安からローマまで約1万2千キロを2年半をかけて徒歩で横断。帰国後、7年間かけて長編旅行記『シルクロード路上の900日』(めこん)を執筆した。本が出版されるとすぐに大村さんは、それまで応援し続けてくれていた女性、左知子さんと入籍した。

 その後、再びイランへ。シルクロード徒歩横断旅行中、いつか戻ろうと考えていたイランへ今度は本格的にジャーナリストを目指して、再び足を踏み入れる。ペルシャ語の知識もほとんどない状態だった。

 まずは語学を磨こうと、ペルシャ語学校に通った。1年4ヶ月でペルシャ語学校の全クラスを修了し卒業。その後はイランの大学院へと進み、イラン・イスラム史を学ぶ。イラン人であっても理解の難しい専門用語が並ぶ書物や教授の話には、入学時から戸惑った。辞書をひき、授業の録音テープの内容をノートに写し、レポートやテストを何とかクリアーしながら、一年目を無事に終えた。

「大学での授業についていくことに精一杯だったこの一年は、ジャーナリストとして活動する時間がなかなか取れず、不安と焦りがありました。しかし、イラン・イスラム史を学ぶことで、アラブを含む中東全般の歴史そのものも捉えることができました。イランから中東へと広く目を向ける大きなきっかけとなりました」
大村 一朗さん
PROFILE

日本語ラジオ放送 アナウンサー
大村 一朗さん(36歳)

1970年、静岡県清水市出身。大学卒業後、西安からローマ約1万2千キロを徒歩で横断する2年半の旅を達成。帰国後、7年かけて長編旅行記「シルクロード 路上の900日」(めこん)を執筆し2004年1月に出版。同年2月イランへ留学。現在、ジャーナリスト集団アジアプレス所属。

「シルクロード 路上の900日」

イラン渡航直前に出版した青春の記録
「シルクロード 路上の900日」

 そんな折、知人からラジオ局のアナウンサー募集の話をもちかけられた。これはチャンスと、テストを受け、合格。同時にペルシャ語ニュースの日本語への翻訳業務も受け持つこととなった。

 現在、大村さんは週一度、日常のイランを紹介できる特別コーナーを担当している。このコーナーは、担当アナウンサーがテーマを決めて自由に原稿を作成し、10分間でイランについて紹介するものだ。

「時間を作ってはテヘランの街を歩き、道行く人々にインタビューをして、イラン人の考えを探っています。自分が書く記事を多くの人々に読んでもらい、イランのことを知ってほしいと思っています」

 スタジオに入ると本番までの数分間、緊張の面持ちでニュース原稿の朗読練習をする。最近はアナウンサーの仕事に慣れてきているとはいえ、数日ぶりの仕事になるときは、声は出にくい。毎日の発声練習は欠かせないという。

「アナウンサーの仕事を通し、日本で報道されるイランの姿は、西欧諸国側の意見に偏りすぎていることを実感して残念に思っています。私は中立的な立場でイランの生の情報を届けるジャーナリストとして、活躍していきたい。そして将来的にはイスラム中東へと活躍の場を広げていければと思っています」と、静かな口調の中に固い意志をのぞかせた。

取材/文 小島幸子

ここが困った海外生活

 妻のビザの延長は苦労しました。語学学校時代は配偶者ビザがもらえないので、ビザオフィスのお偉いさんに嘆願書を添えて滞在ビザを頼み込みました。ところが、ビザ発行の受付に口を利いてもらっても、窓口の女性に「そんな決まりはない」と突き返されるんです。そこで再び、お偉いさんに一筆書いてもらい、窓口の女性の直属上司から指示してもらう。するとビザは出ますが、良くて3ヶ月、時には1ヶ月有効のものでした。こんな調子で1、2ヶ月ごとに同じことのくりかえし。イランの女性は総じて世話好きですが、仕事になると別のようです。たとえお偉いさんからの話でも余計な仕事は避けようとする対応には困ります。大学院入学後は無事に1年ビザを取得でき、ホッとしました。

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