海外キャリアの歩き方 海外キャリアの歩き方
海外キャリアの歩き方 第22回 オランダ王国 萩野 杏子さん

オランダ王国飴細工職人からシェフに転身
技術と言葉の壁を乗り越え成功

 テレビで紹介されたスイスの飴細工に衝撃を受けた萩野さんは、大学卒業後、OL生活を送りながら休暇のたびにスイスへ飛んだ。「飴細工は自分の生きる道」、と思いこみ、ドイツ語を学びながら、スイス・バーゼルの現地の製菓学校で飴細工を学ぶコースに何度も参加。しかし、徐々に順調にいかなくなってきた。

「飴細工には芸術的才能が必要なのですが、自分には欠けていることがわかったんです。でも当時、ルームメイトだったオランダ人女性に悩みを打ち明けたことで、道が開かれましたね」

 ルームメイトの両親は、オランダでケータリング・サービス(出張料理サービス)の会社を経営しており、たまたま見習いシェフを募集していた。飴細工もケータリングも、人から何かステキなものをオファーされる仕事。今度こそは評価されたいと考え、とりあえず3カ月間試してみようとオランダへ渡った。

「最初は不安もありました。オランダ語はわからなかったし、サービス業に就いた経験もありませんでしたから。この3カ月間は、集中的にオランダ語を習いながら、仕事は見よう見まね。そうしたら、正社員で採用になって……」

 前向きに頑張る姿が認められた結果だった。

 荻野さんの勤務するケータリング会社は主にバイキング形式で食事を提供するのだが、食事の準備だけでなく、食卓を用意することも重要な業務。料理同様に気を配らなければいけない。

「食卓については、それほど難しくはありませんでした。カトラリー(スプーン、フォーク、ナイフといった食器)選びは、以前スイス人の友人にコツを教えてもらったことがあるので、最初からそれなりにできましたね」

萩野 杏子さん
PROFILE

ケータリング業・シェフ
萩野 杏子さん(34歳)

ワーターカルティア・ケータリング・サービス株式会社勤務
1973年、東京都生まれ。大学卒業後、外資系企業勤務。飴菓子細工職人を目指し、20代後半からスイスの製菓学校でコースを毎年受講。その後、オランダのケータリング・サービス業に就く。オランダ在住。昨年、オランダ語検定国家試験、NT2にも合格。

鍋

飴細工を学んでいた時に使用していた鍋は現在も活用中

 現在は、サブ・シェフとして料理の下準備やテーブルセッティングなど、料理以外のことも任されている。

 だが、勤務時間が不規則なことは、仕事に慣れてきても続いている悩みだ。あらかじめ予約がわかっていればいいのだが、突然出張を命じられると、数時間で多くの仕事をこなさなくてはいけない。

「ときには特別な食卓作りのために、テレビ局まで大道具を借りに行ったりもしますね。体力と機転がモノを言う仕事です。ここまで成長出来たのは、周りの方がサポートしてくれたから。本当に感謝です」

 また、ここ数年、オランダでは健康食として日本食が脚光を浴びており、荻野さんの作るメニューは評判がよい。日本の家庭料理は、オランダ人にとっては斬新に映るのだそうだ。

「将来は、エスニック料理のケータリング・サービス会社を起こしたいですね」

 こう荻野さんは夢を語る。常に仕事に対し真摯であるとともに、周りの同僚の温かい支えがある中で、努力家の彼女は着実に夢を実現させていくだろう。

(取材・文) かおる ホーフ アッカー

ここが困った海外生活

 オランダ人は世界一背が高い国民として有名ですが、背の低い人にとっては、不都合なことが多々あります。例えば、戸棚は天井近くの高い位置にあるので、踏み台は欠かせません。押入れは、はしごで上らなければ手も届きません。それより困るのは、オランダでは必需品の自転車。こちらの大人用サイズは、28インチが標準なのですが、背の低い私には非常に乗り難いので、仕方なく子供用の自転車に乗っています。子供用となると、デザインが可愛いすぎるせいか、オランダ人の友人からは失笑されることがしばしば。デパートで洋服を選んでいたりすると、お子様コーナーへ誘導されてしまうこともありますね。背が低いことで、実年齢より若く見られる点は良いのですが、実生活の上では不便なことが多いです。

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