海外キャリアの歩き方 海外キャリアの歩き方
海外キャリアの歩き方 第24回 ドイツ連邦共和国 新井俊範さん

ドイツ連邦共和国子供の頃に憧れていた仕事を通して
「安全」で「快適」な空の旅を提供

 小学4年生から中学1年生までの4年間を父親の仕事の関係上、ブラジルで過ごした新井俊範さん。日本を離れる時はちょうど成田空港が開港したばかりの頃だった。

「生まれて初めて乗った飛行機は、何もかもが新鮮でした。親切な男性がコックピットの中に案内してくれたのには感激しましたね。この時初めて『スチュワード』という職業を知ったんですよ」

 その後、ブラジルから帰国。高校に入ってからは理系科目が得意だったが、大学の進学先を考える時に、ブラジルで過ごした4年間の思い出からポルトガル語を専攻したいと思った。だが、ポルトガル語専攻のある大学が少なかったこともあり、フランス語を専攻。また、大学3年生を終了した後には、休学して英語の勉強のためイギリスへ1年間留学もした。

「将来は語学を生かした仕事、中でもサービス業あるいは接客関係の仕事がしたいと考えていました。海外で生活したい夢もありましたね。日本の大学に復学し、就職活動をすると、ホテル関係の会社と外資航空会社の地上勤務(グランドホスト)の内定が出ました。希望していた仕事に就けることを楽しみにしていたのですが……」

 大学卒業間近の12月、新井さんは、英字新聞にルフトハンザ航空のフライトアテンダントの求人広告を見つけた。勤務地はドイツ。すでに就職先は決まっていたが、海外生活の魅力と子供の頃に抱いた憧れが思い起こされ、思わず応募してしまった。

 翌年2月、新井さんは、東京で行われた応募試験に合格。迷うことなくドイツ行きを決め、その翌月にはドイツに渡り、研修を受ける忙しい日々が始まった。

 「当時、ルフトハンザの研修期間は6カ月でした。最初の1カ月はドイツ語習得コースの受講。ただこの研修中に住居探しや居住地での諸々の手続きをしなければならないのには苦労しました。会社のバックアップはなく、ドイツ語も未熟。ドイツ人の気質や文化の違いも知らなかったので、何をするのにもすごく時間がかかりました」

新井 俊範さん
PROFILE

ルフトハンザ航空ドイツ本社勤務
スチュワード

新井 俊範さん(38歳)

1968年、茨城県出身。小学校4年から中学1年までをブラジルで過ごす。獨協大学フランス語学部卒業。大学在学中に1年間イギリスへ留学。1991年よりドイツ在住。6カ月間の研修期間を経てドイツ・ルフトハンザ航空フライトアテンダントとして勤務。趣味は旅行とダイビング。

DIY

休日のDIYはリフレッシュに最適!

 努力の末、言葉と文化の壁を乗り越え、今は順調に仕事をこなせるようになったという。現在ルフトハンザに勤務する日本人客室乗務員は約200名で、そのうち男性は新井さんを含めて10名。通常、ドイツ・日本便に14〜15名のアテンダントが乗務し、そのうち日本人は4名搭乗する。今はドイツ・日本間をだいたい週1回の割合で往復している。

「フライトのたびに困ることがあるんです。外国人の同僚は日本人乗客とわかると、日本語を話すものだと思い込んで、慌てて私のところに助けを求めにくるんですよ。でも、英語を流暢に話す日本人のお客様もいます。そういうお客様は、近くにいるクルーに気軽に用件を伝えているのに、なぜ彼らがあわてるのかわかりません。そんな時は同僚の手助けを私がすぐにして良いのか迷いますね」

 そう苦笑する。また、この仕事を続けていると、ハプニングも起こる。

「ビジネスクラスに搭乗したときでした。離陸直前に、あるお客様の顔色がひどく悪くなっていったんですよ。容態はみるみる悪化し、苦しみをこらえている様子でしたね。私はお客様とその奥様を説得してその場で機長に連絡をとりました。『様態のよくないお客様がいます。エンジンを止めてもらえませんか』と。そしてフライトの延期が決定し、すぐに救急車が手配されました。あの時は瞬時の決断を迫られました」

 もしこの時、離陸してから再び戻るとなれば、燃料を捨てるか空中を旋回して燃料を減らさないと着陸はできない。着陸許可が下りるまでの時間や着陸地到着までの時間もかかり、お客様は取り返しのつかない状態になったかもしれない。

「結果として出発時間は遅れましたが、大事には至らず目的地に向かうことができました。そして到着後、このお客様は無事に入院したとの報告が入り、ホッとしましたね」

 また、新井さんが奥様と知り合ったのも空の上。奥様が乗客として東京発フランクフルト便に乗った際に話を交わしたのがきっかけで結婚した。その後2人の子供にも恵まれ、休日は子供たちへの教育やドイツに構えた新居でDIYなどを楽しんでいる。

「最近は仕事だけではなく、子育ても大変です。スチュアードという仕事柄、家族と離れる時間が多いので、限られた家族との時間を大切にしていきたいと思っています。そして、少し落ち着いたら、趣味の旅行やダイビングもしたいですが……」

 子供の頃の憧れの職業を実現させた新井さん。今も夢や目標に向かい、上空で活躍を続けている。

(取材・文) シュピッツナーゲル典子

ここが困った海外生活

 規則を曲げず厳格で個人主義のドイツ。役所での手続きは担当者がいないと、受け付けてもらえません。その上、ミスが見つかっても自分の非を認めません。通常は一度で済む「届け出」をする際に、担当者のミスのため、何度も呼ばれたことがありました。
 また、習慣や文化の違いを踏まえながら、議論好きで声の大きいドイツ人と対等に、しかも理論的に会話をするのも忍耐が必要。精神的にとても疲れます。購入した家が居住地区の建築規定より数センチ高すぎたのが判明した時には、担当建築家や販売業者との交渉が難航し、問題が解決するまでに非常に時間がかかりました。そのせいで家族で楽しみにしていた一時帰国を取りやめになったんですよ!

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